東京地方裁判所 平成8年(ワ)5570号 判決 1997年4月30日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金二七〇〇万一二九〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認められる事実
1 竹田和弘は、大型貨物自動車(アート梱包運輸株式会社保有。以下「加害車」という。)を運転中、平成三年八月二四日午前四時四〇分ころ、山梨県南巨摩郡身延町下山一一三五三番地の四先路上において、バッテリーが上がった軽四貨物自動車(運転者は被告伊藤英次、保有は被告長澤廣道である。以下「被害車」という。)に追突し、その際、被害車の運転席にいた望月竜広と、被害車の後ろで押してエンジンを掛けようとしていた(いわゆる押しがけ)望月国宗、被告伊藤英次及び望月仁恵(望月国宗の妻)に傷害を負わせ(なお、一緒に押しがけしていた網倉一恵はたまたま受傷しなかった。)、そのうち望月国宗及び望月仁恵を死亡させた(以下「本件交通事故」という。)。
2(一) 竹田和弘は、民法七〇九条に基づき、本件交通事故につき、望月国宗及び望月仁恵が受けた損害を賠償する義務がある。
(二) アート梱包運輸株式会社は、加害車の保有者であるから自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、ないし、竹田和弘の使用者であるから民法七一五条に基づき、本件交通事故につき、望月国宗及び望月仁恵が受けた損害を賠償する義務がある。
3(一) 望月孝枝及び望月寿幸(望月国宗及び望月仁恵の子である。)は、<1>竹田和弘及びアート梱包運輸株式会社に対し、損害賠償請求の訴えを、<2>被告安田火災海上保険株式会社(被告長澤廣道が、被害車につき付けた自賠責保険の保険会社である。)に対し、保険金請求(自動車損害賠償保障法一六条)の訴えをしたところ、東京地方裁判所民事二七部に、<1>が平成四年(ワ)第一七六〇六号事件として、<2>が平成五年(ワ)第二二二八二号事件として係属した。
(二) 東京地方裁判所民事二七部の裁判所は、右二事件を併合して審理し、平成七年六月二〇日、次の内容の判決(以下「関連事件判決」という。)をした。
(1) アート梱包運輸株式会社及び竹田和弘は、連帯して望月孝枝に対し、三二七七万九七七五円及びこれに対する平成三年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) アート梱包運輸株式会社及び竹田和弘は、連帯して望月寿幸に対し、三二七七万九七七五円及びこれに対する平成三年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 望月孝枝及び望月寿幸のアート梱包運輸株式会社及び竹田和弘に対するその余の請求及び被告安田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
(三) アート梱包運輸株式会社及び竹田和弘が関連事件判決につき控訴したため、関連事件判決のうち右部分は東京高等裁判所第一二民事部に平成七年(ネ)第二八六〇号事件として係属したが、望月孝枝及び望月寿幸が被告安田火災海上保険株式会社に対する関連事件判決(平成五年(ワ)第二二二八二号事件に係る判決)につき控訴しなかったため、関連事件判決のうち右部分は確定した。
(甲第一号証、乙第一号証から第一三号証まで、弁論の全趣旨)
二 争点
1 原告の主張
原告は、望月孝枝及び望月寿幸に対し、関連事件判決前に、加害車の自賠責保険引受会社として合計六〇〇〇万四三〇〇円を、関連事件判決後に、加害車の任意保険引受会社として合計三〇〇〇万円(関連事件判決でアート梱包運輸株式会社及び竹田和弘に対し認められた損害賠償額の一部)を支払ったとして、次の根拠を主張し、金員の支払を求めている。
(一) 被告伊藤英次に対する主張
被告伊藤英次は、周囲の状況に応じて被害車の存在を他の者に知らしめて交通の安全と円滑を図るべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、被害車のバッテリーを上げてしまいテールランプが点灯しない状態のままで押しがけしなければならない状況を発生させた上に、自己と共に、望月国宗、望月仁恵及び網倉一恵を被害車の後ろに一列に並ばせて押しがけさせたため反射鏡を覆い隠す状況を発生させ、被害車ないし同人らの発見を遅れさせるといった過失があり、本件交通事故は、被告伊藤英次の右過失も一因となって起きたものである。
したがって、被告伊藤英次は、竹田和弘及びアート梱包運輸株式会社と共に共同不法行為者となるから、竹田和弘及びアート梱包運輸株式会社の保険会社である原告が望月孝枝及び望月寿幸に対し保険金を支払ったことにより取得した共同不法行為者の負担割合に応じた求償権に基づく、金員を支払うべき義務を負う。
(二) 被告長澤廣道に対する主張
被告長澤廣道は、被害車の保有者として竹田和弘及びアート梱包運輸株式会社と共に共同不法行為者となるから、竹田和弘及びアート梱包運輸株式会社の保険会社である原告が望月孝枝及び望月寿幸に対し保険金を支払ったことにより取得した共同不法行為者の負担割合に応じた求償権に基づく、金員を支払うべき義務を負う。
(三) 被告安田火災海上保険株式会社に対する主張
被告安田火災海上保険株式会社は、竹田和弘及びアート梱包運輸株式会社の保険会社である原告が、望月孝枝及び望月寿幸に対し保険金を支払ったことにより、同人らが被告安田火災海上保険株式会社(被告長澤廣道が被害車につき付けた自賠責保険の保険会社である。)に対し有した被害者請求権(自動車損害賠償保障法一六条)を代位取得したから、加害車の保有者である被告長澤廣道が負担すべき金員(前記(二)に相当する金員)を支払うべき義務を負う。
2 被告らの主張
本件交通事故は、加害車運転者である竹田和弘の過失のみにより起きたものであり、被害車運転者である被告伊藤英次に過失がないから、被告伊藤英次が民法七〇九条に基づく義務を負うことはなく、被告長澤廣道も自動車損害賠償保障法三条本文に基づく義務を負わない。
したがって、被告安田火災海上保険株式会社も自動車損害賠償保障法一六条に基づく義務を負わない。
第三当裁判所の判断
一1 本件交通事故の態様は、
(一) 竹田和弘が前方の交差点信号機を見た地点は別紙交通事故現場見取図記載(以下の、<2>ないし<6>、<ア>'、<エ>、<×>、<人1>、<人2>、<人3>も同様である。)<1>、
(二) 竹田和弘が、疲れたので加害車の進行方向左側にあるデリカハウスで休もうと思い、道路左側に目を向けた地点は<2>、このときの加害車の速度は時速約六〇キロメートル(なお、制限速度は時速五〇キロメートルに規制されている。)、
(三) 竹田和弘が、デリカハウスの駐車場の駐車がしにくいので同店で休むのをやめ、視線を前に戻した地点は<3>、
(四) 竹田和弘が被害車に気付いた地点は<4>、そのときの被害車後部の地点は<ア>'、
(五) 竹田和弘が、危険を感じ、急ブレーキを掛けた地点は<4>、
(六) 被害車と衝突した地点は<×>、そのときの加害車の位置は<5>、
(七) 加害車が停車した地点は<6>、被害車が停車した地点は<エ>、
(八) 望月仁恵が倒れていた地点は<人1>、望月国宗が倒れていた地点は<人2>、伊藤英次が倒れていた地点は<人3>、
というものである(乙第二八号証の一、第二八号証の一二、第二八号証の一四)。
なお、本件交通事故の際には小雨が降っていた(乙第二八号証の五・九丁表、第二八号証の六・二丁裏、第二八号証の七・一七丁表、第二八号証の八・三丁表、第二八号証の九・一三丁裏、第二八号証の一〇・四丁表、第二八号証の一一の一・四丁裏、九丁裏、第二八号証の一二・九丁表、第二八号証の一三・三丁表裏、第二八号証の一四・三丁裏)。
2 そして、<2>から<×>までの距離が一二八・二メートル(<2>から<3>までの距離九八・八メートル、<3>から<4>までの距離八・九メートル、<4>から<×>までの距離二〇・五メートルの合計である。)、<3>から<×>までが二九・四メートル(<3>から<4>までの距離八・九メートル、<4>から<×>までの距離二〇・五メートルの合計である。)である(乙第二八号証の一)ところ、加害車の停止距離が、濡れたアスファルト路面を時速約六〇キロメートルで走行していたので、四八メートルとなる(当裁判所に顕著である。なお、関連事件判決も同様であることは甲第一号証七丁裏のとおりである。)から、竹田和弘は、<2>(わき見を始めた地点)から<3>(視線を前に戻した地点)の間を走行する際に、通常に前方を注視していれば、たとえ、本件交通事故の際に小雨が降っており、被害車のテールランプがついておらず、望月国宗、被告伊藤英次、望月仁恵及び網倉一恵が被害車の後ろに一列に並び押しがけしたため反射鏡を覆い隠していたとしても、<×>から四八メートル(加害車の停止距離)を超えた地点で、被害車、ないし望月国宗及び望月仁恵等を発見できた上に停車ないし追突を避けることができたと推認できる。
3 さらに、平成四年三月二日午後八時三〇分から午後一〇時一〇分までの間、本件交通事故現場において、<×>にライトを消した被害車と同種の車を置き、その後ろに警察官四名を配置し車を押す姿勢をさせた上で、竹田和弘が、車を運転して、<×>上の車等を確認させるという実況見分をしたところ、<×>から一一三・九メートルの地点では、前方に何かあるのかが分かるが、それが何であるかは分からない状態であり、<×>から七七・一メートルの地点では、注意してみれば人がいることが分かる状態であり、<×>から五三メートルの地点では、前方道路上に人がいるのがはっきり分かり、竹田和弘が運転する車の前照灯を消しても人がいるのがはっきり分かる状態であった(乙第二八号証の三、第二八号証の一三)。
たしかに、本件交通事故の際には小雨が降っており、右実況見分の際は雨が降っていなかった(乙第二八号証の三・二丁裏)が、小雨であっても、右実況見分の結果を大きく左右するものとは考えられない上に、加害車の約一〇〇メートル後ろを走行していた車から、何か黒っぽいものが加害車の右側に飛ぶ(本件交通事故の発生)のが見えた(乙第二八号証の一一の一・五丁裏・六丁表)から、本件交通事故の際に小雨が降っていたとしても、通常に前方を注視していれば<×>から約一〇〇メートルの地点で、被害車、ないし望月国宗及び望月仁恵等の存在を確認できたと推認でき(このことは、押しがけを始めてから本件交通事故が起きるまでの間に大型トラックが被害車を避けて通過していったことからもうかがえる(乙第二八号証の七・一七丁表裏)。)、右実況見分の結果の正確性が認められる。
4 したがって、竹田和弘が、通常に前方を注視していれば、<×>から約一〇〇メートルの地点で、被害車、ないし望月国宗及び望月仁恵等の存在を確認できた上に停車ないし追突を避けることができたと認められ、本件交通事故は、加害車運転者である竹田和弘の前方不注視の過失のみにより起きたものであり、被害車運転者である被告伊藤英次に過失がないといえる。
二 以上のことからすると、本件交通事故は、加害車運転者である竹田和弘の前方不注視の過失のみにより起きたものであり、被害車運転者である被告伊藤英次に過失がない(なお、同人がバッテリーを上げたことと本件交通事故の発生との間に相当因果関係がないことは明らかである。)から、被告伊藤英次は民法七〇九条に基づく損害賠償義務を負うことはなく、被告長澤廣道は自動車損害賠償保障法三条本文に基づく損害賠債義務を負わない。
そして、被告長澤廣道が損害賠償義務を負わないから、原告が、被告安田火災海上保険株式会社に対する被害者請求権を代位取得することもない。
すなわち、原告の主張は、いずれも前提を欠くものであって失当である。
三 よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 栗原洋三)
別紙 略